水谷豊、伊東欄目当てで観たのですが。意外や意外、子供らも良かった(肇役の吉岡竜輝がイイ!)し脇役の俳優さんもやはり安心感があって。『ALWAYS 三丁目の夕日』の神戸版といったところか。
特筆すべきは水谷豊のおとうちゃんですね。子供を子供扱いするのではなく対等の分別ある大人として話すのがイイネ!頭ごなしに怒鳴りつける親もいるかとは思うがこのおとうちゃんは理路整然と話し子供に納得させる点が凄い。名前で呼ぶのではなく常に「あんた」というおとうちゃん。水谷豊は『相棒』よりもこういう人情味溢れる役のほうが似合ってるのではないかと思う。
「こんな親が欲しかった・・」と誰もが思うはずw。
同世代で児童文学作家の山中恒は、作中に夥しい数の事実誤認や歴史的齟齬がみられることや、主人公やその家族の視点が当時の一般的な日本人の感覚から大きく乖離しており、戦後になるまで誰も知らなかったはずの事実をまるで未来からでも来たかのように予言していること、さらに自身が編纂に関わった書物の記述がその誤りの部分も含めてまるごと引用されている点などを自著「間違いだらけの少年H」で指摘し、「少年H」は妹尾の自伝でもなんでもなく、戦後的な価値観や思想に基づいて初めから結論ありきで描かれた作品であると看破し、「年表と新聞の縮刷版をふくらませて作り上げたような作品」「戦争体験者の酒の席での与太話を小説風にまとめただけのもの」と酷評した。
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というような意味でも有名になったらしいですが。というかこの文章長すぎない?句読点の使い方がw。
確かに自伝的というのは線引き難しいしな。フィクション、ノンフィクションみたいなもんだし。それに事実を基にしたといっても100パーセント正しいのかと言われたら違うかもしれないし(こないだの『インポッシブル』もね)。
真相は藪の中というか。御本人に聞いてみないと。つか妹尾さんは自伝だと言い張ってるのか。誰でも思い出は綺麗だからな〜。だいたい昔のことを書いたとしても会話は一字一句正しいとは限らないでしょう。
それよりも。映画の妹尾好子(花田優里音)ちゃん。時代からかああいう年頃の子はおかっぱなのかな?そういや『火垂るの墓』の節子ちゃんもああいう髪型だったね。
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水谷豊の演技も自然で良かったです。彼は本来、柔らかい物腰が似合いますね。
原作について、河童さんご本人も『自伝』とは仰っておらず、批判本も特に気に止めていらっしゃらない感じでした(@講演会)海外でいう所のファクション(半フィクション)なのでしょう。小さい頃に感じたことを大人になってから解釈したために生じた歪み、あるいは読み物として整えるための脚色、思い出補正……そこが山中氏には許せなかったんでしょう、と。本当にさばけてて面白い方なんです、河童さん。
因みに映画は山中恒さんの批判本を読んだうえでお作りになったと降旗監督、脚本家の古沢さんは仰ってました(@日本映画magazine)この基本的に真面目〜なお2人がつくったからこそ、多くの人に受け入れられる作品になったのだと思います。そうじゃなきゃ絶対もっと炎上したと思うんですよね…批判を上回る高評価が集まって本当に良かったです。
なるほろ。豆知識ありがとうです。
予告編では水谷豊はひと目でわかったけどおかあさん役は誰だっけ・・と思ってたら伊東欄でした。夫婦共演か。ぱっと見わからなかったw。
腑抜けになったおとうちゃんを叱った肇少年に泣きながら「お兄ちゃんなんか死んでしまえ!」と言う好子ちゃんが良かったなぁ。
希望を残したラストがイイネ!
そして少年はたくましく一方で繊細に画家に成長していくのですね。
ですよねーw。なんやかやあって不死鳥の絵とは。
神戸の人たちの言葉は上品だと思ったな。
あれは、もしかして、神戸の中でも山の手育ちの家庭だからでは…!ないでしょうか!?